
「群像」3月号に「背高泡立草(せいたかあわだちそう)」で芥川賞を受賞した古川真人の受賞第一作「生活は座らない」が早くも掲載されている。とある日曜日、大学時代の知人と久しぶりに会って上野の博物館に行き、神田、神保町と移動して酒を呑(の)んでいるところにもうひとりが合流し、更(さら)に二人加わって、三十代の男たち五人が延々とアルコールを摂取しながら他愛(たわい)ないお喋(しゃべ)りに興じるという、ただそれだけの話なのだが、これが非常に面白い。
脳内モノローグのような主語を欠いた一人称の文体のだらだらとした軽快さからして、これまでの古川作品とはずいぶん感触が違う。語りの現在時の中に、いま一緒に呑んでいる誰某との過去の会話や、いまここには居ない誰某との記憶などが自在に入り込んできて、それらにはかなり深刻な内容も含まれているのだが、煮詰められることなくすぐに過ぎ去っていってしまう。複数で飲酒しているときの、あの独特な時間の流れ方、大事なことであったはずのあれやこれやが、あっけなく忘れられていってしまうさまが、見事に描き出されている。芥川賞受賞後に書かれたものかどうかはわからないが、この作家の真価はこういうタイプの小説のほうにあるのではないか。吹っ切れた感じが実に好ましい。
「群像」には崔実(チェシル)の中編「pray human」も掲載されている。きわめて高い評価を得たデビュー作「ジニのパズル」以来、実に三年九カ月ぶりの第二作である。長くかかったが、大変に力のこもった作品だ。十年前に精神病院に入院していたことのある「わたし」の回想譚というかたちを取っているが、この「わたし」は誰とも口を利かなくなっており、頭の中で「君」と呼ぶ人物に想い出を語りかけ続ける。「わたし」が十七歳、体は男性だが心は女性の「君」が二十二歳のとき、精神病院で二人は出会った。「わたし」は「君」に、二人と同時期に入院していた年長の女性「安城さん」と二年前に再会したことを語る。「安城さん」は白血病で入院していた。「わたし」は「安城さん」に十三歳のときの親友だった「由香」の話をする。
このように、この小説の語りはおそろしく錯綜(さくそう)しており、しかも「わたし」は今も精神を病んでいるので、出来事の真偽は必ずしも判然とはしない。生きづらさ、という便利で安易な言葉があるが、この作品に出てくる者たちは皆、文字通りの強度の生きづらさをそれぞれに抱えている。次々と語られるエピソードは突飛(とっぴ)で切実で、痛々しくも瑞々(みずみず)しい感触を湛(たた)えている。これを書き上げるのには相当なエネルギーが要ったことだろう。行間から血と涙が溢(あふ)れ出してくるような小説である。
高山羽根子の「首里の馬」(「新潮」3月号)は、題名の通り沖縄が舞台である。首里の港川地域にある「沖縄及島嶼(とうしょ)資料館」は、順(より)さんという民俗学者が所有しているのだが、実際には順さんが長年をかけて集めた資料が詰め込まれているだけである。未名子は十代半ばから資料館に入り浸るようになり、十数年が過ぎて天涯孤独となった今では高齢の順さんの代わりに所蔵物の整理に取り組んでいる。だがそれは無賃労働なので彼女は別に働いている。それは一風変わった仕事で、ネット通信を介してコンピューターの画面の向こう側の人物にクイズを出題する、というものだった。ある朝、未名子の家の庭に、どこからやってきたのか奇妙な生き物が蹲(うずくま)っていた。それは宮古島で飼育されてきた在来種で、沖縄県の天然記念物でもある宮古馬(ナークー)だった。彼女はその馬に「ヒコーキ」という名前をつける。
「ヒコーキ」とは実在した琉球競馬の名馬の名前である。この作家の小説はいつも、史実や事実から出発しながら、奇想ともSF的とも呼んでいい想像力の飛翔(ひしょう)によって、なにげない素振(そぶ)りで、読者の予想もつかないところに辿(たど)り着く。こんな道具立てで、こんなにも奇妙な、しかし胸に迫る物語を紡ぎ出せるのは、非凡な才能と言うしかない。
(佐々木敦 ささき・あつし=批評家)
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March 01, 2020 at 01:00AM
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古川真人「生活は座らない」/崔実「pray human」/高山羽根子「首里の馬」 - 西日本新聞
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