◆作家・江上 剛◆
新型コロナウイルス感染症の感染拡大が、なかなか収まらない。
6月18日現在、世界の感染者数は約840万人、死亡者は約45万人。わが国は感染者1万7668人、死亡者935人である。
各国は、ロックダウン(都市封鎖)などの強力な政策を講じて、感染拡大を抑えようとしているが、感染拡大の抑止には困難を極めている。
◆泥縄的で危機感不足
日本は、都市封鎖などという強力な政策ではなく、緊急事態宣言による自粛要請という形で、人々の3密(密閉、密集、密接)を抑制するものだった。
しかし、PCR検査、医療体制、マスクなどの医療用具不足、休業支援体制…。どれをとっても泥縄的で、危機感不足で、小出しで、スピード感もないため、国民の怒りはかなり沸騰した。
それでも、国民が文句を言わずに、真面目に3密を避けることを守ったおかげで、感染者数が減少に転じ、安倍晋三首相は5月14日の記者会見で、東京などの特定の地域を除き、全国39県で緊急事態宣言を解除し、その後、全面解除に至った。
安倍首相は、先進7カ国(G7)の中でも、圧倒的に感染者数、死亡者数が少ないと胸を張ったのだが、何が効果的で、この成果になっているのかが不明のため、聞いている国民(少なくとも私)は、しっくりこない。すとんと腹に落ちない。
日本人は感染しにくい、などという、根拠のない風説を信じている人がいるのも、理解できないことはない。
韓国、中国、欧米各国が、日本の感染者データは信用できないと言っている、などという報道を耳にすると、オリンピック、パラリンピックを控えて、海外から人が安心して日本に来るのか、疑わしくなってくる。やはり、世界の人を安心させられるデータは必要になるだろう。
◆「リベンジ消費」は起きない
さて、今後のことに話を移そう。
あくまで、個人的推測にすぎないが、経済活動を再開するため、緊急事態宣言を解除しても、日本では中国、韓国で見るような「リベンジ消費」という爆発的な消費行動は起きない気がする。
ロックダウンのような強力な手段を講じなかったこと、中国のように世界各国にコロナに勝ったと宣伝する必要もないこと、本当に感染を防止できたのか疑っていること、他人の目を気にするため、旅行を控える人の方が多いだろうということなどが、その理由だ。
適当にルーズな政策だったために、リベンジ消費が起きず、それが有効に働く可能性もある。消費復活にはマイナスだが、感染第2波の抑制には効果的だろう。
また、政府は専門家会議による「新しい生活様式」を提唱した。基本は、3密を避けて暮らそうという内容で、どこが新しいのか、私にはよく理解できない。
「新しい」という言葉は、希望、未来、明るさなど、人々の心を浮き立たせる際に使うべきだ。
しかし、人と食する際は横並びでおしゃべりせずに…。これでは、食事を楽しむことができない。
「新しい生活様式」を順守することで、経済活動の復活は中途半端になるだろうが、これも感染第2波抑制に有効だろう。
◆プラス面はないか
さて、鬱憂(ゆううつ)なことばかりの新型コロナ感染拡大だが、プラス面はないだろうか。
ここからのことは、私の個人的な思いであり、プラスもあれば、マイナス、それも大きなマイナスがあるのも、承知の上だ。
しかし、世界の人が等しく、同じ感染症の恐怖にさらされるという体験などは、未曽有のことだ。これをプラスにしないようでは、人間の未来はない。
まず環境だ。経済活動に急ブレーキがかかり、ストップしたため、原油価格が暴落するなど、化石燃料の消費が急減した。
経済成長が著しく、世界第3位の二酸化炭素(CO2)排出量で、環境破壊が進んでいたインドからは、空気が澄み、ヒマラヤがきれいに見えた、ガンジス川が清流になったなどという驚きのニュースが聞こえてくる。
世界第1位のCO2排出量の中国では、CO2排出量が25%削減されたとのニュースがある。
北極のオゾンホールが消えたなど、劇的に環境改善が進んでいる。
しかし、過去のリーマン・ショックなどの例だと、感染拡大が収まると、経済活動が急激に復活し、元のもくあみになるとの予想もある。
◆転換が進む可能性
感染拡大という、不幸な機会を利用するのは、問題かもしれないが、地球温暖化のためには、急激なCO2増大を防がねばならない。
今回の感染拡大では、エネルギーなどを他国に依存することの危険性について、各国が思い知っただろう。
日本も石油、石炭を輸入するにも、感染拡大で輸入が途絶するリスクを考慮しなければならなくなったはずだ。各国で環境負荷の少ないエネルギーへの転換が一気に進む可能性がある。
また、米国大統領選が近いが、今までのトランプ氏優位が後退していることは間違いない。感染症対策の失敗は、彼にとって大きな痛手だ。同じように、ブラジルのボルソナロ大統領も感染症対策の失敗で、苦境に立たされている。
2人とも、温暖化防止対策には消極的である。もしも、2人が表舞台から退出させられたら、世界の環境問題への取り組みが大きく変わり、CO2削減へ弾みがつくかもしれない。
◆対立から協調へ?
国際政治はどうか。
米国と中国がコロナ後の世界覇権をめぐって、角を突き合わせている。
このことは、驚くに当たらない。感染症を各国首脳は、戦争に例えたが、第1次世界大戦でも、第2次世界大戦でも、終戦後に世界はまとまるかと思われたが、そうはならなかった。
第1次大戦後の国際連盟に、米国は参加しなかったし、第2次大戦後は、米国とソ連の冷戦がスタートした。
そう考えると、今回の米国と中国の対立は、歴史のデジャブなのかもしれない。
しかし、イデオロギーや政府間の対立が激しくなれば、感染症拡大は防げない。ウイルスは国境をやすやすと越えるからだ。
自国だけを防御する孤立主義は結局、悲惨な結果になる。そのことを学んだ各国は、感染症対策という一点だけでも、今まで以上に協調する可能性がある。
欧州と対立しているロシアのプーチン大統領も、感染症対策の失敗で苦境に立たされている。いずれは、欧州の助けを求めざるを得なくなるかもしれない。自国民を守るためには、対立から協調へ方針転換せざるを得なくなる可能性はある。
◆テレワークの問題点
社会はどうか。
日本社会は、劇的に変わる可能性がある。テレワークの進捗(しんちょく)だ。会社に行かなくても(特にホワイトカラー族)、仕事を進められることを多くの人が実体験した。この体験は、大きな変化をもたらすに違いない。
はんこの廃止やペーパーレス化が進むだろう。満員電車の苦痛からは、解放されるだろう。会議や稟議(りんぎ)書の減少によって、組織の中で本当に必要な人と、そうではない人(特に管理職)の選別が進むだろう。その結果、組織のフラット化が進むだろう。
父親が家で仕事をする機会が増え、家族との関係が濃密になるだろう。育児に父親の参加が一挙に増えるだろう。
近所付き合いなどの地域コミュニティーに、父親の参加が増えるだろう。そのことで災害や治安などに強い地域ができるだろう。
感染症リスクの高い東京への一極集中が見直されるだろう。ネット環境さえあれば、東京を離れて仕事ができるから、地方へと人の移動が進むだろう。地方の活力が向上するだろう。東京の不動産などの価値が下がることも考えられるだろう。
テレワークには、問題点も数多くあるに違いない。イノベーション(革新)には、人と人とがぶつかり合う、密なコミュニケーションが、どうしても必要だからだ。
しかし、電通事件をきっかけに、働き方改革が進められてはいたが、いま一歩、スピード感がなかった。それが一気に進む可能性がある。
人々が分散すること、組織が分散していることが、感染症のみならず、企業のリスク管理上も、重要なのだと実感した人が多いからだ。それをつなぐのがネットである。
◆自分流の楽しみ
仕事はどうか。
エッセンシャルワーカーという言葉が広まった。
社会に絶対必要な仕事に従事する人だ。感染症対策では特に、医療従事者がこれに当たる。
その他にも、鉄道など交通、物流、電気、ガス、スーパーやコンビニ、清掃など、今まで地味で目立つことがなかった仕事に、人々が感謝の気持ちを抱くようになった。
インターネットで何でもできると思っていた人々が、社会は多くの人で支えられていることを改めて実感し、感謝の念を抱くようになった。
象徴的なのは銀行だ。インターネットに押され、早々に消滅するとさえいわれていたのだが、今や資金難にあえぐ中小企業などの、唯一のよりどころになっている。
銀行は、マイナス金利による経営難で、店舗や人員を大幅に減らそうとしていたが、それを実行に移す前であったことが、取りあえず幸いした。
感染症などの大きな危機の際には、インターネット銀行だけでは、人々の安心は得られないのだ。これを今後の銀行経営にどのように反映していくのか。これは銀行にとって、新しい挑戦になるだろう。
新型コロナの感染拡大による私たちの世界や暮らしへの変化は、まだまだ読み切れない。
しかし、「新しい生活様式」が、感染症の予防だけではなく、本当の意味で「新しい」時代を切り開くために、私たちは果敢なチャレンジを続けなければならない。決して、ウイルスへの恐怖のために、萎縮してはならないのだ。
最後に芭蕉の句を紹介する。
「世の人の見付けぬ花や軒の栗」
芭蕉は、世間の人が気付かぬところに美を発見したという。この句は、今まで気付かなかったことに、喜びや楽しみを見つけることが大事だと教えてくれる。コロナ後は、成長一辺倒を見直して、生活の自分流の楽しみを発見しようではないか。
(時事通信社「金融財政ビジネス」2020年7月2日号より)
【筆者紹介】
江上 剛(えがみ・ごう) 早大政経学部卒、1977年旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。総会屋事件の際、広報部次長として混乱収拾に尽力。その後「非情銀行」で作家デビュー。近作に「人生に七味あり」(徳間書店)など。兵庫県出身。
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July 12, 2020 at 07:00AM
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