政府は16日夜、ことしの「骨太の方針」を決定しました。賃上げ拡大に向けた環境整備を図ることや、少子化の傾向を反転させるため、子ども・子育て政策を抜本的に強化することなどが盛り込まれています。
夕方開かれた政府の経済財政諮問会議などの合同会議では、ことしの経済財政運営などの基本方針「骨太の方針」が報告されました。
この中では、分厚い中間層を復活させるため、リスキリング=学び直しの支援を含めた「人への投資」や、デジタルやグリーンなどの分野で的を絞った公的支出を行って民間投資を拡大させ、経済成長の持続につなげることを盛り込んでいます。
また中小企業でも賃金を引き上げられる環境整備を図るとしていて、赤字の企業などにも賃上げを促すため、税制も含めてさらなる施策を検討するとしています。
さらに子ども・子育て政策では、少子化の傾向を反転させるため、今週、閣議決定された「こども未来戦略方針」に基づき、児童手当の拡充や、出産の経済的負担の軽減などに政府を挙げて取り組み、国民に実質的な追加の負担を求めることなく推進すると明記しました。
そして防衛費の増額に関して「来年=2024年以降の適切な時期」としている増税の実施時期について「2025年以降のしかるべき時期とすることも可能となるよう、税金以外の収入なども踏まえ、柔軟に判断していく」という表現を加えています。
教育分野では、学校の教員不足の解消のため、給与体系の改善を行うほか、来年度から3年間を「集中改革期間」と位置づけ、スピード感を持って小学校高学年の教科担任制の強化などを進めるとしています。
一方、財政運営をめぐっては、コロナ禍を脱し、経済が正常化する中で、歳出構造を平時に戻していくとした上で、財政の健全性を示す指標の1つ「基礎的財政収支」について、2025年度に黒字化するとした従来の目標は維持し、来年度中に中期的な財政フレームの策定を進めるとしています。
政府は、この「骨太の方針」を16日夜、持ち回りの臨時閣議で決定しました。
このほか臨時閣議では、リスキリングの支援などを通じた労働市場改革の推進や、新たな産業創出に向けた生成AIの研究開発の強化などを盛り込んだ「新しい資本主義」の実行計画の改訂も決定されました。
岸田首相「明るい希望を持てる経済社会を作っていく」
岸田総理大臣は合同会議で「30年ぶりとなる高い水準の賃上げや企業部門における高い投資意欲など前向きな動きが表れている。足元でのこうした動きをさらに力強く拡大すべく、取り組みを加速する。きょうとりまとめた政策方針に基づき、予算編成や制度改正の具体化を進め、速やかに実行することで、国民全体が将来に明るい希望を持てる経済社会を作っていく」と述べました。
労働市場の改革 実現の鍵を握るのは「賃上げ」
この中では、岸田政権が掲げる「成長と分配」や「賃金と物価の好循環」の実現の鍵を握るのは「賃上げ」だとして、構造的に賃金が上昇する仕組みづくりが必要だとしています。その上で、成長産業への労働移動を促すことが構造的な賃上げにつながるとして、労働市場改革の推進を打ち出しました。
具体的には、自己都合で離職した人でもリ・スキリングに取り組んでいれば会社の都合で辞めた場合と同じように失業給付を受け取れるよう具体的な設計を行うとしています。
また、勤続20年を超えると退職金への課税が大幅に軽減される現在の税制を見直すとしています。
こうした取り組みを通じて、終身雇用が多かった日本の労働市場を見直すことで労働移動を活発化させて構造的な賃上げを実現したい考えです。
さらに、今の賃上げの流れの拡大を図るため、中小企業が賃金を引き上げられる環境の整備に取り組むとしていて、赤字となっている中小企業などにも賃上げを促すため、税制も含めてさらなる施策を検討するとしています。
また、ことし中に全国平均の最低賃金で時給1000円を達成することを含めて労使と政府による審議会で議論するとともに、時給1000円を達成したあとの最低賃金の引き上げ方針についても政府内で議論を進めるとしています。
労働慣行の見直しに向けた「モデル就業規則」改正
「モデル就業規則」は企業が就業規則を作成する際に参考にしてもらおうと厚生労働省が示しているものです。
「モデル就業規則」では退職金について勤続が一定の年数以上の労働者が退職したり、解雇されたりした時に支給するとしています。ただし、自己都合による退職者で勤続が一定の年数未満の場合は退職金を支給しないと例示されています。
また、「新しい資本主義」の実行計画の改訂も決定されました。
この中では民間企業の例でも、一部の企業の自己都合退職の場合の退職金の減額、勤務年数・年齢が一定基準以下であれば退職金を不支給といった労働慣行の見直しが必要になりうるとしています。
その背景の一つに、厚生労働省が定める「モデル就業規則」において退職金の勤務年数による制限、自己都合退職者に対する会社都合退職者と異なる取り扱いが例示されていることが影響しているとの指摘があることから「モデル就業規則」を改正するとしています。
退職金への課税 見直しへ
退職金を「一時金」として一括で受け取る場合、勤続年数が20年までは1年につき40万円が課税対象となる所得から控除=差し引かれます。一方、20年を超えた分については、控除額が1年当たり70万円に引き上げられます。
例えば、勤続年数が30年で退職金を受け取った場合、1500万円が課税対象から控除されます。それが勤続20年の場合、控除額は800万円にとどまります。
今の仕組みとなった背景にあるのが日本の雇用形態です。戦後の日本では終身雇用を前提とした働き方が広がり、多くの企業や官公庁では、働く期間が長いほど、退職金の支給額を増やすことが定着しました。
こうした実態を踏まえて、定年退職などで退職金を受け取る際には一時的に収入が増えても、税負担が急激には増えない仕組みとなっているのです。
これに対して、政府が16日に閣議決定した「新しい資本主義」の実行計画では、「勤続20年を境に、1年当たりの控除額が増額することは、みずからの選択による労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある」として制度の変更による影響に留意したうえで今の仕組みを見直すことが盛り込まれています。
鈴木財務大臣は、今月6日の記者会見で退職金への課税の見直しについて問われた際、「丁寧に議論していきたい」と述べるにとどめています。
長く働き続けること前提の退職金制度 導入企業は
大阪・八尾市にある「理化工業」は、従業員およそ70人の金属部品の加工会社で、勤続15年以上が全体の3分の1となっています。
この会社では金属加工の高い技術などを身につけてもらうためにできるだけ働き続けてほしいと終身雇用を前提とした退職金制度を導入しています。
退職金の金額は勤続年数のほか、役職や評価などに応じて毎年、付与されるポイントの合計で決まる仕組みです。また、定年前に辞めた場合の退職金は、会社の都合であれば満額支給されます。
ただ、技術を身につけた社員に長く働いてもらいたいと、転職などの自己都合の場合には勤続年数に応じて減額される仕組みとなっています。
減額される割合はたとえば勤続年数が2年以上10年未満であれば50%、20年以上、25年未満であれば30%などとされています。35年以上であれば減額はありません。
この会社では自己都合の場合に退職金が減額される制度の見直しによって働く人がより活躍できる職場を選びやすくなることは社会全体としては必要な面はあると感じています。
ただ、中小企業では転職する人が増えていくと人材の確保がいっそう難しくなるのではないかと懸念しています。
森嶋勲 社長は「退職金は人生設計の中で非常に大事なので、長く勤めてもらえばこの会社で働いてよかったと思ってもらえる制度づくりを考えている。労働市場の流動性が高まれば人材確保の面ではなかなか難しくなるという危機感はあるが、若者から選ばれるためには賃金や退職金の制度などの待遇も大事なところだし、改善する努力は必要だと思う」と述べました。
終身雇用前提の退職金制度 見直す企業も
大手金融グループのみずほ銀行などグループ5社では、来年度から退職金制度を見直すことになりました。
勤続年数や役割などに応じて支給される退職金は転職などの自己都合の場合は減額されていましたが、来年度の積み立て分からは減額をやめることになりました。
今年度までの積み立て分については自己都合退職の場合はこれまでと同じように減額されますが、社員の中には今後、転職を希望するケースはさらに増え、人材確保のためには減額をやめることは重要だと考え、制度の見直しを決めました。
また、退職金の前払いも来年度から認めることになりました。これまでは会社を辞める時に退職金を受け取ることになっていましたが、毎月の積み立て分を月の給与に上乗せできるようになります。
子育てや家族の介護など資金が必要な時に希望をするとこの仕組みを利用できるということです。
正社員として働く須知翔太さん(35)は、「親の介護などで資金が必要な場合に前払いで受け取ることができるのでいい制度だと感じます。転職などの多様な働き方を認め、退職金の前払いも働く人にとっては柔軟な制度ですので時代にあっていると思います」と話しています。
会社では雇用の流動化がいっそう進むとみていて、中途採用を増やしていく計画です。
みずほ銀行などグループ3社では昨年度の中途採用はおよそ320人と全体の採用数の44%に上り前の年度の11%と比べて大幅に増えています。
みずほフィナンシャルグループの上ノ山信宏 執行役は「金融ビジネスそのものが変化し、デジタルなど新しい分野での人材確保が重要となっている。別の企業に転職して活躍したり、中途採用で入社して働いたり、そして終身雇用を希望するなど働き方の多様性を確保していくことは、人材を確保し競争力を高めていくためには企業にとって大切なことだと考えている」と話しています。
退職金制度見直し 専門家は
Q1.政府が退職金への税制を見直そうとしている背景は?
A1.柔軟な労働移動がしやすいような制度に変えていこうというのがねらいだ。
転職を希望する場合でも、企業によっては自己都合で退職した場合に、退職金が減額されてしまうという仕組みがあったり、税制上でも、20年以上同じ企業で勤めた人には、非課税枠を上乗せする形で優遇策があったりするので、これが労働移動の妨げになっているという指摘が長くされてきた。
Q2.見直しの背景には何があるのか。
A2.産業構造が大きく変わっているなか、新卒で入ってそのまま働き続けていくという単線型の雇用モデルが変わってきている。新たに必要となるスキルをみずから身につけて、異なる企業に転職するといったことが求められるようになってきている。
Q3.企業の間では、終身雇用を前提とした退職金制度を見直す動きも出ているが?
A3.企業にとっては自己都合で退職した人にも、全額退職金を払うとなると、出て行かれるのが惜しいという考えもあると思う。一方で、柔軟な人の出入りができるような制度にしておかないと、新たな人材が入ってくることも抑制してしまうという面がある。これからの時代に対応した人材を獲得するためには、企業としても退職金制度を見直さざるをえないと思う。
Q4.今後議論を進める上で留意すべき点は?
A4.これまで長年勤めた方に大きな負担の増減が生じないようにすることは必須だと思う。その上で、中途退職した人にも、税制上不利にならないよう制度設計していくことが必要だ。そのためには例えば、今であれば勤続年数に応じて、控除額を設計している計算式を、生涯でいくらまで非課税とするように改めるとか、あるいは年齢ごとにいくらまでの非課税を認めるという形に組み替えていくなどの制度設計の工夫が必要だと思う。
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